Home / 恋愛 / 冷酷なCEOが溺愛するのは「悪女」 / 第1話 祝福される裏切り

Share

冷酷なCEOが溺愛するのは「悪女」
冷酷なCEOが溺愛するのは「悪女」
Author: 酔夫人

第1話 祝福される裏切り

Author: 酔夫人
last update publish date: 2026-07-01 14:26:05

祝福の拍手が起こるはずだった、その瞬間だった。

朝比奈あさひな小春こはる。お前との婚約を破棄する」

その声に、会場は水を打ったように静まり返った。

小春はゆっくりと顔を上げる。

目の前には婚約者である門倉かどくら悠真ゆうま

悠真の手は、その隣に立つ小春の異母妹・朝比奈あさひな千夏ちなつの肩を抱いていた。

千夏はお腹をかばうように両手を添え、震えている。

「お姉様……ごめんなさい」

小春と千夏の視線が絡む。

千夏の瞳の奥には隠しきれない優越感が滲んでいた。

(この計画があったから、こんな格好をさせたのね)

小春は自分の着ているドレスを見る。

今日のために新しく仕立てると聞いたとき喜んだ自分を愚かに思った。

はしたないほど肌の見えるドレス。

(これでは本当に"悪女"だわ)

会場に集まった医療関係者や財界人たちがざわめき始める。

「やっぱり悪女だったか」

「千夏先生を虐めていた話も本当だったんだ」

「門倉先生も被害者だな」

その囁きに小春は何一つ言い返さなかった。

言い返せないのではない。

言い返してはいけないのだ。

.

「千夏のお腹には俺の子がいる」

小春の沈黙を抵抗だと思ったのか、悠真が迷いなく言い放つ。

「俺は愛する女性と、その子どもを守りたい」

会場から感動のため息が漏れる。

「なんて責任感があるの」

「素敵……」

「悪女より可憐な聖女を選ぶなんて当然よね」

誰も彼もが悠真と千夏を称賛し、小春を蔑む。

その様子を見ながら、小春は静かに微笑んだ。

「分かりました」

小春のその一言に、悠真は眉をひそめる。

「引き留めないのか」

「引き留める理由がありませんもの」

虚無感に飲み込まれそうだ。

悠真との婚約は小春が生まれてすぐ、政略的に結ばれたもの。

恋だったのかは分からない。

それでも、大切な婚約者だった。

小春は千夏を見た。

正確にはその腹部を。

(子ども……)

子どもがいる以上、男と女の恋情の話ではない。

一つの命がかかわる問題だ。

「どうぞ、お幸せに……」

「……なんだ、その態度は」

淡々と返した小春の言葉に、今度は朝比奈家の当主であり、小春の父・朝比奈崇道が怒鳴り声が被さる。

「なぜお前はいつもそう千夏にきつく当たるんだ」

会場中の視線が小春へ突き刺さる。

「千夏に謝りなさい!」

「はい」

小春は何の迷いもなく頭を下げた。

「申し訳ありませんでした」

誰もが驚いた。

傲慢で自分勝手。

いつも家族を困らせていると言われている悪女が、あっさりと謝罪したからだ。

騒めきが戸惑いになる。

「お姉ちゃん……」

悠真から離れ、千夏は小春に歩み寄り、その手を取った。

その瞬間――。

「お腹が……」

ふらついた千夏が倒れ込んできた。

咄嗟に小春は受け止めたが、すぐに左腕に痛みを感じた。

千夏が強く掴んでいるそこは、幼い頃に負った怪我の後遺症がある場所。

「……っ!」

さらに強く握られ、強い痛みが走る。

反射的に小春が腕を振ると、千夏が大きく悲鳴を上げた。

「千夏先生が!」

誰かの声で、会場は一斉に小春を非難しはじめる。

千夏の体は悠真が抱き留めて大事なかったが、力が抜けたように悠真に寄り掛かる。

「君という女はっ!」

悠真の怒りが小春に向く。

自分は何もしていない。

そう仕向けたのは千夏だ。

でも、小春の声を聴いてくれる者はいない。

「……申し訳ありません」

だから謝るしかできなかった。

それでも。

「心がこもっていない!」

「だから悪女なんだ!」

小春を責める声は強くなるばかり。

小春は知っていた。

どんな言葉も、どんな態度も、この人たちには届かない。

でも否定はしない。

悪女。

それが与えられた小春の役目だから。

「お前はもう下がりなさい」

父親の幕引きの言葉に小春は内心ため息を吐いた。

◇◇◇

小春が去った会場は、悠真と千夏の婚約を祝うパーティーになっていた。

悠真は千夏の肩を抱き寄せる。

「千夏、俺と結婚してくれ」

「もちろんよ」

再び拍手が起こる。

そんな会場を、端に立って鋭い眼差しで見つめる男がいた。

経済界でも社交界でも『冷酷』と恐れられる男――篠原樹。

「とんだ茶番だな」

樹はグラスを傍のテーブルに置くとパーティー会場を後にした。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 冷酷なCEOが溺愛するのは「悪女」   第85話

    「千夏。少し黙ってくれ」悠真に初めて拒絶するような視線を向けられ、千夏は言葉を失った。応接室を重い沈黙が包む。「……小春さん」悠真に分かっていることは、小春が家を出てここにいること。そして。「ここにいるのは君の意思、そう思っていいですか?」「はい」小春自身が、ここにいたいと思っていること。それならば。「突然来て申し訳なかった」頭を下げた悠真に小春は軽く目を瞠り、首を横に振る。「その謝罪は樹さんと、篠原家の皆さんにお願いします」「……小春さん」「私自身は、こうしてきちんとお話しできて良かったと思っています」小春の言葉に悠真は困ったように笑う。「話は、できたのだろうか」「……言われてみれば」でも、と小春は笑う。「今度は納得できる形で終わったではありませんか」“今度は”、と含みのある言葉。(前回は……)一方的な断罪劇。酔っ払って自分の言ったことさえも定かではないという無様なもの。悠真の顔が赤くなる。「あのときのことは、できたら忘れてほしい」「……忘れるのは難しいと思います」小春が首を傾げる。「そうそう体験できるものでもない……ですよね?」確かめるように、小春はこれまでずっと黙っていた樹に声をかける。樹は小春を見たあと、悠真を見て、また小春に戻す。「二度と経験することはないだろうな」これを聞いた瞬間、悠真には分かった。『自分が小春をあんな風に捨てることはない』樹の表情からもそれは伝わってくるのだが。「そうですよね」

  • 冷酷なCEOが溺愛するのは「悪女」   第84話

    穏やかな空気で、このまま終わると誰もが感じていたとき。「お姉ちゃん」千夏が口を開く。「もう意地を張るのはやめなよ」「……意地?」小春は静かに聞き返す。「そう。お父さんも本当は心配してるの。だから家へ帰ろう?」小春は少しだけ目を伏せた。「千夏」「お父さんも、お姉ちゃんが謝れば許してくれるよ」「もういいの」「え?」小春は千夏を真っ直ぐ見た。「私は、朝比奈家へ帰るつもりはないの」穏やかな声だった。しかし、その言葉には迷いがなかった。「……どうして?」千夏は目を見開く。それは大袈裟なようだったが、千夏は本気で驚いていた。理解できない子どもを見るように、小春は優しく微笑んだ。「家を出ていけと言ったのは、お父様でしょう?」「それは……」真実。でも、それを認めることはできない。「お父さんも、感情的になって……」「違うわ」小春は初めて千夏の言葉を遮った。「お父様が私のやること、私の言うこと、私自身に何かを感じたことはないもの」応接室に静寂が落ちる。「だから、私に対して感情的になることはあり得ない」小春の口調は静かだが、墨でしっかりと引かれた線のようだった。断罪のように、切り裂くような言葉ではない。小春に誰かを傷つけるつもりはない。ただ、それが消えない事実なのだと言っているだけ。「私はその決定を受け入れて、出ていったの」小春はゆっくりと顔を上げた。「だから、なかったことにはできないし――しないわ」千夏は息を呑んだ。小春の言葉には恨みも悲しみもない。それを消化し、現実として受け入れた強さがあった。「……お姉ちゃん?」ぼんやりと呟いたあと

  • 冷酷なCEOが溺愛するのは「悪女」   第83話

    「どちらの味方とかではない」悠真は千夏を見た。「ただ会いに来たのだから会えというのは間違っていると、俺は思う」「悠真さん!」ここに来るまで一緒だったが。(なぜだろう……初めて千夏をちゃんと見た気がする)自分が信じていたことが崩れる。それを悠真も良く感じているわけではない。(でも、悪いことでもない気がする)自分の中でつっかえていた、淀みのようなものが動く気がした。.「分かりました」樹の声に、悠真は視線を樹に戻す。樹は悠真を見たあと、控えていた柳沢に視線を向けた。「小春へこのことを伝えてくれ」「承知しました」短い指示だが、十分だった。柳沢は一礼し、応接室を後にした。そして温室に向かう。小春は温室でサボテンをじっと眺めていた。植物を育てることは情操教育にいいからと樹の母親が樹に薦め、一番手がかからなさそうだからと選んだものだ。小春の手には霧吹きがあり、サボテンもみずみずしく見える。どうやら樹は庭だけでなく、サボテンも小春に任せることにしたらしい。柳沢は口元を緩めた。「小春様」柳沢の声に振り返る。「朝比奈千夏様と、門倉悠真様がお見えです」小春の表情から笑みが消えた。静かな沈黙が流れる。「無理にお会いになる必要はありません」小春の傍にいた橘がそう声をかける。小春は橘に頷いたあと、柳沢を見た。「……樹さんは?」「小春様のお好きなように、と」「……」小春は俯き、小さく目を閉じた。婚約破棄。豪雨の夜。あのときの孤独感は、頭の隅に置くことはできても忘れられない。(きっと……)一生忘れられないだろう。どれだけ幸せになろうと、きっと永遠に忘れられない。(……でも)その記憶が痛み続けるかと言えば、そうではないのかもしれない。現に、今の小春に孤独感はない。――お好きなように、と。柳沢の言葉に、穏やかな表情の樹が重なる。小春はゆっくりと顔を上げた。「会います」「……よろしいのですか」「はい」その声は驚くほど落ち着いていた。「逃げたままでも……いいことがないので」柳沢は小さく頷く。「ご案内します」柳沢はそう言うと、小春に背を向けた。そして、ゆっくりと応接室に向かう。応接室に着くと、扉の前で柳沢は一度見た。目が合った小春は優しく微笑んだ。「心配しないでください」柳沢は頷き、扉を

  • 冷酷なCEOが溺愛するのは「悪女」   第82話

    篠原家の重厚な門がゆっくりと開くと、車が静かに敷地内へ入っていった。「すごい家ね」朝比奈千夏は窓の外を見回し、小さく笑う。「お姉ちゃん、いいところで暮しているみたい」門倉悠真は何も答えなかった。整えられた庭。手入れの行き届いた木々。落ち着いた雰囲気の屋敷。そのどれもが嫌味な豪華さではなく、住む人を大切にしている空気を感じさせた。玄関があると分かるロータリーに数人の使用人がいた。悠真は車を停める。「お待ちしておりました。篠原の秘書の柳沢と申します」先に降りた千夏は得意げに笑った。「門前払いされるかもって思ったのに」「ご案内いたします」「お姉様はどこですか?」その質問に微笑むものの、柳沢が応えることはない。その態度に苛立ちを感じる。だが、車を降りた悠真が先を歩きはじめたので、千夏もそれについていった。.「随分待たされるわね」当たり前のようにここまで来て。出迎えにも違和感がなかったから、悠真は気づかなかった。「事前連絡をしたのか?」「なんで?」思いもしなかったという千夏の反応に悠真は唖然とした。「篠原グループの社長の家なんだぞ?」「そうだけど、お姉ちゃんに会いに来たんだもの」「そういう問題ではなくて……」そう言い掛けたところで、扉がノックされた。ここまで案内してきた柳沢が先に部屋に入ってきて、扉を開けたままにする。次いで入ってきたのが。「お待たせしました」篠原樹だった。その圧倒的な存在感に、千夏と悠真は言葉を失った。「篠原樹です。今日は突然、何の御用ですか?」温度を感じない硬い声に、悠真の背を冷たいものが流れる。空気も薄くなった気がした。千夏も気圧されたような反応を見せ

  • 冷酷なCEOが溺愛するのは「悪女」   第81話

    「迎え撃つぞ」樹の一言で、篠原邸の使用人たちはすぐに動き出した。「朝比奈千夏と門倉悠真は、現在こちらへ向かっています」「到着予定は?」「約三十分後です」樹は静かに頷く。「警備へ連絡しろ」「はい」「二人が来ても騒ぎを起こすな。俺が話を聞くまで、小春には近づけるな。橘」「承知しました」橘が部屋を出ると、樹は窓の外へ目を向けた。庭では、小春が庭師たちと笑いながらラベンダーを覗き込んでいる。花が咲くのを楽しみにしていると言っていた。咲いたら教えてくれるとも。その穏やかな笑顔を見つめながら、小さく息を吐いた。ようやく取り戻した穏やかさを、まためちゃくちゃにしようとしている。小春は彼らの望むように朝比奈家を出たのに。そのときの悲しみも苦しみも無視して。自分たちの都合で振り回す。その理不尽さに、樹の胸の奥が熱くなる。◇◇◇その頃、篠原家に向かう車の中には、重苦しい沈黙が流れていた。運転する悠真は前を見つめたまま、一言も口を開かない。その横で、朝比奈千夏はスマートフォンを眺めながら小さく笑った。「どうした?」悠真は視線を向けることなく尋ねる。「別に」「……そうか」悠真がそれ以上追及しないことに千夏が目を釣り上げる。「いったい何?」「いや……時差のせいか、疲れがな」悠真は大きく息を吐いた。疲れている。でも、精神的な疲れもある。以前なら、小春の話題が出れば『また何かしたのか』と思った。当たり前のように。ろくに考えず。でも、いまは違う。小春は本当にそんな人だったのか?千夏たちが言うような人間だったのか?でも、それを疑う勇気はない。もし嘘なら?千夏は?(考えたくない)でも、時間が経つにつれ、以前は気づかなかった違和感が、少しずつ形になっている。「ねえ、悠真。お姉ちゃんのこと考えてるでしょ」「……どういう意味だ」「そのままの意味」そんなことないと否定することを千夏が求めていることは分かった。でも、悠真は否定しなかった。「少し気になるだけだ」千夏は不機嫌な顔になったが。「今、お姉ちゃんは篠原樹のところにいるんでしょう?」「らしいな」悠真は小さく頷いた。「気にならない?」千夏は意味深に微笑む。「お姉ちゃんと篠原樹って、どういう関係何だと思う?」「……え?」「だって、一緒に暮らし

  • 冷酷なCEOが溺愛するのは「悪女」   第80話 考える

    翌日。都内ホテルのラウンジで、千夏は門倉悠真と向かい合っていた。悠真の傍には大きなスーツケース。「帰国早々、呼び出してごめんね」千夏が笑顔で言うと、悠真はコーヒーカップを手にしたまま尋ねる。「本当に小春さんに会うのか?」「そうよ」千夏は楽しそうに頷く。そんな千夏を悠真はじっと見る。「お父様が謝りにいけって……」どこか納得していない顔で、千夏は悠真を見る。「悠真さんだって、謝るべきだって言ってたじゃない」「当然だろう。友人たちが開いてくれた壮行会で酔っ払ってあんな馬鹿げたことを……」「馬鹿げたって……結婚しようって言ったことも馬鹿げたことなの?」「それは違う。結婚しようと言ったのは俺の本心だ。だが、俺は小春さんと婚約していた。その状態のまま千夏と関係を持ったのは……良くなかった」そう言ったあと、悠真は大きくため息をついた。自分が酒に弱いことは自覚している。そして酒に酔うと気が大きくなり、それで何度もトラブルを起こしている。だから、悠真は基本的に酒は飲まない。飲んだとしても、乾杯の一杯。それさえも出来るならば残している。だから、壮行会のことは後悔している。病院関係者だけの予定が、千夏が「せっかくだから」と大学のサークル仲間まで招いた。彼らに悪意があったわけではないが、昔から悪ノリしやすく、ウーロン茶を飲んでいたはずなのに、いつの間にか酒を飲まされていた。。こういうことは初めてではない。学生時代はよくあった。だが、大学を卒業してからはない。医療に携わる者として、酒ぐせの悪さは自覚していたから気をつけていた。それなのに。「あんなドラマのような断罪劇なんてして……自分で自分が恥ずかしいよ」「でも、お姉ちゃんは私を昔から虐めてたんだよ」「そうだとしても、それは俺たちが不義をしていい理由にはならないだろう」壮行会の醜態は、参加していた友人たちのSNSであとから知った。彼らはドラマのようだと賞賛していた。コメントにも賞賛はあったが、中には「婚約者の妹と浮気していた最低男」と悠真を罵るものもあった。「小春さんは、あの壮行会のあとに家を出ていってしまったんだろう?」「そうよ」不思議そうに首を傾げる千夏を悠真はじっと見た。「だから、謝る必要はないと言ったのは千夏だよな?」「それは……」「それなのに、今度は会

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status